カレンダーや手帳にある「大安」「一粒万倍日」なども、占いの一種です。こうした暦の注記を暦注(れきちゅう)と呼びます。
この記事では、
- 暦注がどこから来たか
- 六曜それぞれの意味と、名前の由来
- ほかの暦注が何で決まるか
- 明治に太陽暦へ切り替わったとき、どうなったか
を順に見ていきます。
この記事のポイント
- 暦注のほとんどは中国から伝わった。奈良・平安時代は国の役所が暦を作っていた
- 六曜と不成就日は旧暦で、一粒万倍日・天赦日・十二直などは干支と節気で決まる
- 仏滅は仏教と関係がなく、友引に葬式を避けるのも幕末ごろからの習慣
どこから来たか
ほとんどは中国から伝わったものです。
- 602年:百済の僧の観勒(かんろく)が、暦の本を日本にもたらした
- 奈良・平安時代:国の役所(陰陽寮)が暦を作った。平安時代からは、安倍家と賀茂家が暦注を代々受け持った
- 具注暦(ぐちゅうれき):貴族が使った、吉凶がびっしり書かれた暦。日付の下の「中段」に十二直、「下段」に日の吉凶を書くのが決まりだった
- 藤原道長の日記『御堂関白記』も、この具注暦の余白に書かれている
暦注には、とても古いものもあります。
- 十二直:今残っているいちばん古い例は、中国・漢の時代(紀元前134年)の竹の暦
- 七曜・二十八宿:日本の具注暦に載るようになったのは、10世紀の終わりから
六曜:いちばん身近な暦注
| 六曜 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 先勝 | せんしょう | 急ぐのがよい。午前は吉、午後は凶 |
| 友引 | ともびき | 勝負がつかない日。朝晩は吉、昼は凶 |
| 先負 | せんぶ | 平静がよい。午前は凶、午後は吉 |
| 仏滅 | ぶつめつ | 何事にも凶 |
| 大安 | たいあん | 何事にも吉 |
| 赤口 | しゃっこう | 凶。正午だけは吉 |
(読みや吉凶の時間帯は、辞典によって少し違います)
決まり方
- 旧暦の「月+日」を6で割った余りで決まる
- 旧暦1月1日は必ず先勝。毎月1日の六曜は月ごとに決まっている(たとえば旧暦3月1日と9月1日は先負)
- カレンダーで六曜の並びが急に飛ぶのは、その日が旧暦の1日だから
名前の由来と、意外な話
- 仏滅は、仏教と関係がない
もとは「空亡」と呼ばれ、「虚亡」「物滅」と変わって、今の「仏滅」になったらしい。1747年の暦の本には「物滅」と書かれている - 友引の本来の意味は「勝負なし」
良くも悪くもない日という意味だった。幕末ごろ、方位の「友引」と混ざったり、字の見た目から「友を引く」と受け取られたりして、葬式を避ける習慣が生まれた。婚礼は特に避けられていない - 赤口は、悪い神の日
陰陽道で、人々を悩ます赤舌神(しゃくぜつじん)の日とされたことから
いつ広まったか
中国の占い(小六壬)が日本で変化したものといわれます。日本に伝わったのは14世紀、室町時代の初めです。
ただ、広まった時期は辞典によって「江戸中期から」「天保のころ」「明治10年代から」と分かれています。いずれにしても、ほかの暦注よりかなり新しいものです。
干支と節気で決まる暦注
干支・十二直・六曜などから吉日を選ぶことを「選日(せんじつ)」と呼びます。六曜以外の多くは、日の干支と、節気で区切った月(立春からが1月)で決まります。
| 暦注 | 何で決まるか |
|---|---|
| 一粒万倍日 | 月ごとに決まった2つの十二支の日 |
| 天赦日 | 季節ごとに決まった干支の日 |
| 寅の日 | 日の十二支 |
| 三隣亡 | 月ごとに決まった十二支の日 |
| 十二直 | 月と日の十二支 |
| 不成就日 | 旧暦の日付 |
- 一粒万倍日
一粒の種が万倍に実る日。物事を始めるのによいが、借金はよくないとされる。
たとえば1月(立春から)は丑と午の日、2月(啓蟄から)は寅と酉の日 - 天赦日
天がすべての罪を許す、1年でいちばんの吉日とされる。
春は戊寅、夏は甲午、秋は戊申、冬は甲子の日。1414年の本にもう出てくる - 寅の日
毘沙門天の縁日 - 三隣亡
建築を避ける日。この日に建てると火事を出し、近所3軒を焼くといわれた。
1・4・7・10月は亥の日、2・5・8・11月は寅の日、3・6・9・12月は午の日。室町時代の終わりの暦に初めて出てくる - 十二直
建・除・満・平・定・執・破・危・成・納・開・閉の12で、日ごとの吉凶を表す。
1月なら、立春のあと最初の寅の日を「建」にして、卯の日を「除」、辰の日を「満」と順に当てていく - 不成就日
この日に始めたことは成就しないとされる日。月に4回ほど。
旧暦の月ごとに始まりの日が決まっていて、そこから8日ごとに来る(旧暦1月なら3・11・19・27日)。節気で区切った月で数える流儀もあり、その場合は日付が変わる
恵方と厄年
- 恵方
その年の縁起のよい方角で、福の神(歳徳神)がいるとされる。年の十干で決まり、2026年(丙の年)は南南東。
恵方の神社やお寺に初詣することを「恵方参り」という。恵方巻は大阪などの習慣で、全国に広まったのは1990〜2000年ごろ、コンビニなどで売られるようになってから - 厄年
男性25・42歳、女性19・33歳など(男性42歳・女性33歳は大厄)。もとは数え年で数える。
陰陽道の考えとされ、1020年の貴族の日記にも出てくる。年齢は地域によって違いがある
太陽暦に変わったとき、どうなったか
明治6年(1873年)、日本は旧暦をやめて太陽暦に切り替えました。
- 政府:暦注を「人々の知恵の発達を妨げる」として、改暦の詔書で厳しく禁じ、公式の暦から外した
- 民間:それでも、暦注を載せた非公式の暦(お化け暦)が出回った
- 戦後:出版が自由になり、暦注はまた盛んになった
今の暦注は、何で決まるかによって扱いが分かれています。
- 干支や節気で決まるもの:何も変わっていない
一粒万倍日・天赦日・寅の日など。日の干支は暦が変わっても続いていて、節気(立春など)ももともと太陽の位置で決まるから - 旧暦の日付で決まるもの:今も旧暦で計算している
六曜や不成就日。十五夜(旧暦8月15日)も同じで、2026年は9月25日
年中行事は3つに分かれた
- 同じ日付のまま太陽暦へ
七夕(7月7日)、ひな祭り(3月3日)など。本来より約1か月早くなり、七夕は梅雨の時期に重なりやすくなった - 1か月遅らせる(月遅れ)
多くの地域のお盆(8月)、仙台七夕(8月)など - 旧暦のまま
沖縄のお盆など。日付は毎年変わる
国立天文台は、旧暦7月7日に当たる日を「伝統的七夕」と呼んでいます。2026年は8月19日です。
まとめ
- 暦注のほとんどは中国から来た。平安時代の貴族は、吉凶がびっしり書かれた暦を使っていた
- 六曜は旧暦、一粒万倍日・天赦日などは干支と節気で決まる
- 仏滅は仏教と関係なく、友引に葬式を避けるのも幕末ごろからと新しい
- 明治に太陽暦へ変わっても、干支で決まる暦注はそのまま。六曜は今も旧暦で計算している
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